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『第二回歌謡サスペンス劇場』オフィシャル・ライヴレポート

満たされない欲望、果たされない約束を歌う『第二回歌謡サスペンス劇場』

6月1日、日本橋三井ホール。シンガーソングライターであり俳優の中村 中が主催する『第二回歌謡サスペンス劇場』によって、私たちは“魅惑の歌謡沼”へと導かれた。
歌謡曲を愛する者たちの歌謡曲を浴びたい欲を満たすべく企画された『歌謡サスペンス劇場』は、歌謡曲の名曲や中村 中のオリジナルナンバーに加え、一人芝居まで披露する他ではなかなか体験することが出来ないライヴショウ。二回目となる今回は、前年に開催された『第一回歌謡サスペンス劇場』でのバンド編成から一新、ピアノに西脇辰弥、ベースにバカボン鈴木、ドラムスに前田遊野、バイオリンに弦 一徹というアンサンブルで「“歌サス”バンド」が結成された。更に、劇中劇では演出に劇作家・演出家・俳優の入江雅人を迎えた一人芝居にも挑戦。これらの前情報だけで既に音楽ファン、演劇ファン、そして“歌サス”ファンは心を踊らせ、歌謡沼に溺れる準備を整えたのではないか。中村 中がこよなく愛する歌謡曲とは。彼女によって歌われる歌謡曲にはどんな物語があるのか。私たちはこの日、それらの答えを目撃するのであった。

日常を忘れて自由になれる場所『歌謡サスペンス劇場』開幕

三越前。老舗の百貨店や志高き名店が建ち並ぶ伝統の街に日本橋三井ホールはある。趣のある街並みを横目に会場に辿り着くと、場内には往年のヒット歌謡曲が流れ、開演前から観客たちを“歌サス”の世界へと導いていた。開演の17:00を迎え、観客たちの期待がピークへと達すると、幕開けの合図か、突如大音量で流れる、ちあきなおみの「喝采」。“歌サス”バンドがステージへ登場し、『第二回歌謡サスペンス劇場』が開幕した。

壮大なピアノソロが会場を包み込むと、ジーナ・ローランズ、マリリン・モンローを彷彿させるブロンドヘアーにモノトーンドレス、真っ赤なリップとネイルという粧いで中村 中が登場。会場から盛大な拍手が送られると、一曲目に歌われたのは藤 圭子のデビュー曲『新宿の女』。「私が男になれたなら 私は女を捨てないわ 〜 バカだな 騙されちゃって」と、恋でさえ主導権を握れないままの報われぬ女の立場を嘆く伝説的な名曲で、一瞬にして会場を“歌サス”ワールドへと変貌させた。『新宿の女』のあの歌詞を歌うこと、それを一曲目に選んだことに、中村 中の並ならぬ意志を感じざるを得ない。



ベース、ドラムス、バイオリンも加わり、「さみしくても 電話かける相手もいないのよ 〜 夜風に慰めてもらってる」と、心の奥の寂しさに気づかないよう強がって生きる女性を歌ったオリジナルナンバー『あたしを嘲笑ってヨ』で報われなさの沼へと手招かれる。『新宿の女』の主人公が、他人の調子をとるような生き方をやめ、己の人生を自分主導で生きようともがく姿を観た気がした。

「歌謡曲が大好き」と語る彼女は歌謡曲について、「日常では口に出来ない欲望やタブーを歌うことができる。日常を忘れて自由になれる」と話した。MCでは“二刀流”について「私も歌手と役者をしていますが 、昭和の歌謡界には歌手と役者という二つの刀を持つ人が沢山いました 。そんな二つの刀を持つ方の曲を歌います」と告げ、“歌う映画スター”としての異名を持つ鶴田浩二の大ヒットムード歌謡『赤と黒のブルース』を、ベースとボーカルをアンサンブルの主軸に、妖艶に歌い上げた。暗闇と真っ赤なライトで作り出されたステージ上のコントラストは、まるで一人、悲しみのどん底に佇みながらも、真っ赤な血を、生きる欲望を、身体の内で燃やし続ける姿を写し出しているようだった。



中村がタンバリンを持つとステージは一変し、アーバン・ファンクを感じさせるアレンジで奥山チヨの『恋の奴隷』が演奏される。「あなた好みの女になりたい」という受動的にも聞こえる歌詞が、パワフルなサウンドとボーカルによって、むしろ相手を支配するかのような、インディペンデントな女性の歌にも聞こえる。続く民悦子の『ニャオニャオ甘えて』では自由気ままな女性の心情を茶目っ気たっぷりに歌い上げ、彼女の多面的なパフォーマンスに魅せられていった。



『第二回歌謡サスペンス劇場』は、「満たされない欲望、果たされない約束」をテーマに、「第一回よりも色っぽい選曲になった」と中村 中は語る。TVドラマ『火曜サスペンス劇場』のオープニングテーマをバンドサウンドにアレンジした『“歌サス”のテーマ』が始まると会場からは手拍子が起こる。「いつかゲストにきていただきたい。火サスといえばこの人しかいないじゃん!」と曲紹介をして歌ったのは岩崎宏美の『シンデレラ・ハネムーン』だ。シンデレラといえば、中村 中のオリジナルナンバー「真夜中のシンデレラ」を想起した人も多かっただろう。そこはしっかり抑えるのがそこはしっかり抑えるのが中村流の“歌サス”ナビゲート。“歌サス”バンドの演奏によって、原曲よりグラマラスなステージを魅せ、「歩いて帰るわ」という最後の一節を歌いながらステージを去り、第一部の幕を閉じた。

「歌手・役者・作家」の三刀流

第二部ではラインストーンがあしらわれた白のオーバースーツ姿でステージに上がり、ステージ中央に椅子を置きそっと座る中村 中。次はどんな歌謡曲を披露してくれるのだろうと心を躍らせていると、「高梨ミチ、ダンサーです」と、『歌謡サスペンス劇場』の見所の一つである劇中劇が始まった。

 

『姉妹』(脚本:中村 中、演出:入江雅人)

社交ダンサーの高梨ミチは、63台もの玉突き事故を起こした罪により取調室にて事情聴取を受けている。事故は彼女が故意に車道へ飛び出したことが原因だった。彼女はなぜあの日、車の前に飛び出したのか。そこには、同じく社交ダンサーの姉サチとの間で生じた苦しみや葛藤、姉の結婚相手でありミチの社交ダンスのパートナーであるユキオとの間で交わされた果たされない約束があったーー。報われない思いを抱えて車道へ飛び出した彼女は、どのような未来を望んでいたのだろうか。

 

一人芝居『姉妹』では、取調室での警察とのやりとり・自宅での姉との通話・夜の街を自転車で駆け抜け本音を吐露するシーンによって、シリアスとコミカルを絶妙に織り交ぜながら、『第二回歌謡サスペンス劇場』のテーマ「満たされない欲望、果たされない約束」を表現した。芝居のラストには、この劇中劇にインスパイアを与えたという越路吹雪の『ラストダンスは私に』を歌い上げ、幕を閉じた。



既存の歌謡曲を別視点からとらえ、アレンジ豊かに歌われるだけでも観客たちは歌謡曲の世界に魅了されているというのに、劇中劇は付け焼き刃ならぬ差し色で、芝居を通じて観客の心を揺さぶり、自らの表現への可能性をも模索し続ける中村 中。こんなショウがこれまでにあっただろうか…。これこそが“歌サス”の醍醐味なのだろう。『姉妹』の潤色・演出には入江雅人が参加しているが、脚本は中村自身が執筆したというのも驚き。歌唱のみならず、演技、そして作家として脚本まで手がける彼女は、二刀流どころか三刀流なのではないか。

『ラストダンスは私に』は、“シャンソンの女王”と名高い越路吹雪が歌ったことにより日本ではシャンソン歌謡として知られているが、原曲はアメリカのコーラスグループ、ザ・ドリフターズによるもの(原題「Save the Last Dance for Me」)。楽曲を作詞したドク・ポーマスは足が不自由で、幼少期から松葉杖、後に車椅子での生活を送っていた。そんな彼が、「本当は私がリードするものだけど、女性に手を取ってもらい、肩に手を乗せてもらえたら、自分は松葉杖をついてでも踊るから、君の最後の踊りだけは私のために残しておいてほしい」という願うが込められている。そうした背景を語った中村は、この楽曲に込めたドクの願いと、劇中劇の果たされない思いを抱えたミチの願いとを、歌の中で叶えたのだった。彼女は歌謡曲の最大の魅力を「光が当たらない存在にも、スポットライトを当ててくれること」と語った。

「歌謡曲は悲しい気持ちを励まさず、悲しいままでいさせてくれる」

『第二回歌謡サスペンス劇場』が開催された6月1日から、J-WAVEにて中村 中による新ラジオレギュラー番組『J-WAVE SELECTION DAIWA HOUSE “TROUBADOUR”』がスタート。MCで番組について紹介すると、「次の曲は井上陽水さんの『傘がない』ですが、この曲はラジオ番組のプロデューサーと一緒に選曲しました」と、同楽曲について語り始めた。「タイトルにもある“傘”というのは何を意味しているのか。この楽曲がリリースされたのは学生運動が盛んだった頃で、それが背景にあるのかもしれない。学生の中には、そうした運動に関心を向けられなかった人もいたであろうし、似た考えを持っていたとしても集団に入り込めない人もいたと思う。そういう人を指して“関心のない人”、“ポリシーのない人”と呼び、集団と個を分けるような動きもあったそうです。“思想”とか“自己”を傘に例えているのかも知れない。“信じられる友”を例えているのかも知れない。色々考えられるけれど、今夜は、語り合う友がいなければ、自分の考えを守ることも、自分のポリシーを育てることもできないのかと、己を戒めるつもりで歌います。そう話すと、ズボンのポケットに両の手を入れ、スタンドマイクの前に立ち尽くしながら歌い始めた。感情の昂りと共にステージ上を動き回り、現代も社会と自己との間で打ちひしがれる“若者”の嘆きを代弁しているようだった。



「ムーディーにまいりましょう」と声をかけると、自身のオリジナルナンバー『冗談なんかじゃないからネ』を熱唱。観客たちは耳で、目で、音圧と振動で“歌サス”ワールドへと更に引き込まれ、後戻りできないほどに夢中にさせられている。続けて「踊ろうよ!」の掛け声に、観客たちは総立ちし、ピンキーとキラーズの『恋の季節』の演奏と共に身体を揺らし始めた。手拍子、横揺れ、ステップ…一人ひとりが思うがままにこの空間を楽しんでいる。これが中村 中のライヴの魅力なのだ。「私の真似をして!」と中村が声をかけると観客たちは彼女の踊りに続き、会場が徐々に一体となっていく。ライヴではお馴染みのナンバーである『未練通り』では楽曲の途中でMCを挟み、「未練通りは秋の空 ホラまた あいつが あいつが笑った」の歌詞に合わせて振り付けを伝授する一幕も。観客それぞれが手を振り、手を叩き、声をあげて楽しんだ。演奏を華々しく終えると、溢れ出る楽しさと喜びが鳴り止まない拍手となりステージへと送られた。



「歌謡曲は悲しい気持ちを励まさず、悲しいままでいさせてくれるんです。その悲しみが何なのか分かるまで見守っていてくれる。自分の力で癒せるまで待ってくれる。そんな曲を最後にお届けします」と話し、“歌サス”の最後を飾ったのは菊池章子の『星の流れに』。客席上に吊るされたミラーボールが回り、観客たちがここへ辿り着くまでの日々を悲喜交々と見守るように、暖かな光の粒と中村 中のたおやかな歌声が会場を包み込む。歌い終えた中村 中を見送ると、会場にはすぐさまアンコールの掛け声が響いた。

愛に溢れ多幸感に包まれた『第二回歌謡サスペンス劇場』華麗に閉幕!

アンコールの声に応え、中村 中は“歌サス”オリジナルTシャツとデニムのショートパンツ姿で再びステージに現れた。「私にとって大切な歌」と紹介し、自身の代表曲『友達の詩』を静かに、力強く歌い上げた。彼女にとっては誕生月でもあり、デビュー月でもある6月。また、6月は世界中でLGBTQ+を含む性的マイノリティの権利啓発やコミュニティに祝福を行うプライド月間でもある。MCでは今後の活動報告と共に自身の性のあり方や性的マイノリティを取り巻く環境に対する願いについても触れた。「今年の秋には私が出演させていただいた『ブルーボーイ事件』という映画が公開されます。存じていただいている方もいるかも知れませんが、私は生まれたときは男児で、今は女性として生きています。この映画は、セクシュアルマイノリティに対しての差別が当たり前のように存在した60年代を生き延びた、ある人物たちの話です。現在はセクシュアルマイノリティとはどういう存在か、知っている人も増えてきたように思うけれど、当事者とどう関わればいいのか分からないという人もいるように感じます。この映画を見て、ご友人やご家族と感想を語り合っていただくだけでも、私は嬉しいです。令和にもなって未だに無視される存在のままにされませんように。そんな祈りが込められた映画です。ぜひご覧になってください」

そんな彼女の言葉を聞いていると、もしかしたら中村 中は歌謡曲を通して、過去・現在・未来を生きるマイノリティ性を持つ人々の生き様や多面性を歌っているのではないかと感じる。歌謡曲が時代を彩った当時は今以上に男尊女卑が色濃く、性的マイノリティに対する偏見や差別、嫌悪も充満していた。そんな時代に作られた「光が当たらない存在にもスポットライトを当ててくれる」歌謡曲に救われたという中村 中。なかには差別意識剥き出しな楽曲もある歌謡曲だが、そんな曲たちを中村 中が歌い直すことで、それらの感情はシスジェンダーや異性愛者だけのものではなく、トランスジェンダー含む性的マイノリティや、光を当てられてこなかった人々も同様に経験しているものなのだと証明し、それ聴き手に伝え、問うてすらいるようだ。現代ですら気を許せば“いないもの”扱いされかねない人々の存在や感情を、彼女は“歌サス”で取り戻しているのではないだろうか。そして彼女は誰よりも歌や演劇、全てのエンターテインメントを信じ、愛しているのだろう。

アンコールでは戸田恵子とラサール石井によるユニット「キティ&イッちゃん」に作曲提供をした『笑かして』をジャジーにグルーヴィーにセルフカバー。ここでも彼女の三刀流が光る。そして最後は再び観客を総立ちさせ、“歌サス”の沼へとズブズブにはまった観客たちを祝福するかのように、手拍子と共に自身のブルースナンバー『雨のロマンス』をブギーに歌った。中村 中自身が歌謡曲の世界を全力で楽しむ姿に、観客たちも自然と歌謡曲の世界の、中村 中というパフォーマーの虜になっている。曲の締めくくりでは椅子の上に立ち上がり、私たちのボルテージを最大限に引き上げ、ラストにふさわしい多幸感溢れるエンディングを飾った。会場中に投げキッスと感謝を送りステージを去った中村 中。こうして『第二回歌謡サスペンス劇場』は幕を閉じた。



私たちはこの日、多面的に歌謡曲の世界の魅力を味わい、中村 中のナビゲートのもと、気づけば頭から足先までしっかりと歌謡沼に浸かっていた。再び“歌サス”が開かれるときには、更なる深みにいざなわれることだろう。沼ってしまった私たちは、その日を楽しみにまた生きていく。日々のなかで溜め込んでしまうであろうあらゆる悲しみや苦しみを、きっとまた“歌サス”で浄化させたい。

(中里虎鉄)


『第二回歌謡サスペンス劇場』 2025年6月1日(日) 日本橋三井ホール

01新宿の女(藤圭子)
02あたしを嘲笑ってヨ(中村 中)
03赤と黒のブルース(鶴田浩二)
04恋の奴隷(奥村チヨ)
05ニャオニャオ甘えて(民悦子)
06“歌サス”のテーマ〜シンデレラ・ハネムーン (岩崎宏美)
07真夜中のシンデレラ(中村 中)
ー劇中劇「姉妹」ー
08ラストダンスは私に(越路吹雪)
09傘がない(井上陽水)
10歌サスのテーマ〜冗談なんかじゃないからネ(中村 中)
11恋の季節(ピンキーとキラーズ)
12未練通り(中村 中)
13星の流れに(菊池章子)
ーアンコールー
14友達の詩(中村 中)
15笑かして(戸田恵子 x ラサール石井)
16雨のロマンス(中村 中)

M01,04,05,09,13,15 編曲:西脇辰哉 & “歌サス”バンド
M02,03,06,07,08,10,11,12,14,16 編曲:中村 中 & “歌サス”バンド